ゲロ吐くまで走らされたブラック部活で僕が学んだこと
どーも、にものです!
みなさん何かスポーツってされてましたか??
僕は、ずっとサッカーをしてました。
小学3年生の頃に地元のサッカークラブに入ったんですけど、それから中学高校とずっとサッカー部に所属していたので、約10年くらいやっていました。
最初は楽しいからって理由だけでサッカーを始めたんですけど、中学のときに本気でプロを目指したいと思い立ち、高校は高みを目指してサッカーの強豪校と呼ばれてるとこに進学しました。
そして、三年間その高校でサッカーをしたのですが・・・
大好きだったサッカーが大嫌いになりました。
僕が進学した高校のサッカー部は、いわゆるブラック部活だったんです。
漆黒でした。
今日はそんなブラック部活で学んだことについて書いてます。
ということで、まずはどんな部活だったかの説明から。
とにかく走る、ゲロ吐いてもお構いなし
もうね、ボールを使わない。
とにかく走る。走っときゃ正解。
一日中走らされて終わりの日もあったりして、もうボールを使うことに喜びを感じるぐらいにまで調教されてた。
ボールをしっぽ振りながら追いかける犬の気持ちってきっとこんな感じなんだろうなーって。
走りすぎて気持ち悪くなってゲロ吐いても、吐き終わったらまたすぐ走らされる後輩。
気を失って倒れても、無理やり起こされて走らされる先輩。(これは演技だったかも)
もうなんでもあり。
夏休みは35度を超える猛暑日でも、毎日二部練で合計8時間ぐらい練習して、そのうちの2、3時間はボールを使わずに走らされる。
アツイケドボールマダー!?ワンワン!!
ってな具合だったので、走りすぎるとスネが悲鳴をあげるシンスプリントって怪我が3年間耐えなかったんですよね。
しかも、このときはもう部活に恐怖しか感じてなかったんで、午後の授業では毎日のようにお腹痛くなってました。
終電まで練習
毎日朝6時〜8時まで朝練をして、学校が終わった後は夜遅くまで練習をするので、終電で帰ることも少なくなかったんですねー。まあ田舎なんで終電は11時ぐらいなんだけども・・・。
休みがない
一年のうち正月とお盆だけがちゃんとした休みで、あとは一ヶ月に2、3回休みがあれば良い方。
この頃は遊びに行く時間もなければ遊びに行く服も、遊びに行く服を買いに行く服も持ってなかったなぁ。金もなかったし。ある意味ミニマリスト。
合宿は飯地獄
たまに開催される合宿では、朝飯と夕飯のときに白ご飯を5杯食べるまで部屋に返してもらえなかった。
今考えるとなんやこれ・・・完全になにかしらハラスメントに該当してる。
色々と縛られてる
・炭酸飲料禁止。
・マクドナルド禁止。
・テストで悪い点とったら坊主。
・どんなに小さな問題起こしても坊主。
・風邪引いたらペナルティで100mダッシュ(練習中ずっと)。
炭酸とマックは体に良くないという理由で禁止にされ、勉強ができなかったり風紀を乱す行動については髪を献上しなくてはいけない制度がありました。
風紀を乱すと言っても理不尽なものが多く、中には制服の首元のボタンをひとつ閉め忘れていただけで坊主になったやつもいました。
短気っ!!!
なお、俺氏はテストと理不尽な理由やらで三年間ほぼ坊主でした。毛先を遊ばしたかった・・・。
指導者がクソ過ぎる
なんでこんな部活だったかというと『指導者がクソだったから』の一言に尽きる。
この指導者は他県の全国大会常連校出身だったんだけど、昔自分も相当走らされてたらしく、とりあえず走らせとけばいいと思ってたみたい。
だから、走ってる最中にゲロ吐いたり気失ったりしてリタイヤしそうなやつがいると「俺の時代はもっとヤバかったからお前はまだ大丈夫だよ!!走れやコラァ」みたいなことをすぐ言いやがるんです。
いや老害になる素質高すぎんだろって。
しかもボールを使う練習も意味がわからないシチュエーションを想定したものが多く、いやこんな練習してどうなるの?!とツッコミたくなるものばかり。
でも、ツッコミを入れる事はできなかった・・・。
なぜなら、この指導者は常に選手との壁を厚く設定していて、選手からの意見は練習中もそれ以外でも一切聞かないような、まさに一方通行のコミュニケーションしかとらないマジの意味のコミュ障だったから。
なにか言うと「これがうちのやり方」とか「だまってやれよ」とかバイト先のダメ店長みたいなことをキレながら言いやがる。
だから、当たり前だけど50〜60人ぐらいいた部員ほぼ全員に嫌われてました。
きっとデスノートがあったら2ページぐらい同じ名前並んでたなと。
それでもサッカーはやめなかった
んですよね。
やっぱり、どんな環境であれ全国は夢の舞台だし、なによりプロになりたかった。
もうサッカーが楽しいとか好きだとか、そういった感情はなかったけど、とにかく夢を叶えたいって気持ちと、一緒に頑張ってた仲間のためにひたすらブラック部活に耐えて耐えて耐え抜きました。
その結果!!努力の甲斐もあって!!見事夢である全国大会に出場する事ができ
ませんでした。
三年間返してえええええええええええええええええ
そして部活を引退して自分の進路を決めなくちゃいけない時期になったとき、自分がサッカーにすごい冷めてることに気付いたことと、どこからも声がかからなかったことが理由でサッカーをやめた。というのが僕のキャリアです。
ここからは、こんなブラック部活を通して学べた事を紹介します。
楽しいという感情が人を伸ばす
散々言いましたが、三年間まるまるサッカーが楽しくなかったわけじゃありませんでした。
どういうことかというと、うちの部活は実力ごとに4チームに分けられていて、先ほど紹介したダメ指導者が強い方の2チームを見て、もう2チームは別の指導者が見ることになってるんです。
それで、僕は基本上の2チームにいたのですが、怪我をしたりすると下のチームに落ちることがあり、その場合はもう一人の指導者の下で練習に取り組んだ後に、ダメ氏から声がかかると再び上のチームに昇格できるんです。
そして、この下のチームにいるときはサッカーが楽しいんです。
この下のチームを指揮する指導者はダメよりずっと年下なのですが、年齢別のサッカー日本代表に選ばれたことのあるくらいすごい人で、選手との距離感や練習の質もダメ氏よりずっと良く、なによりサッカーを楽しくやらせてくれる人でした。
サッカーが楽しいと何が一番いいかというと、単純に意欲が湧いてくるんです。
もっと上手くなりたいとか、もっと走れるようになりたいとか、そういう意欲が湧いてきて、自然と努力して自分を追い込もうとするんです。
しかも、自分から主体性を持ってやるようになると、それが全然苦じゃなくなるし伸びしろも絶対にデカくなる。(褒められて伸びるの心理に近い?)
以前、全国制覇を成し遂げた兵庫県の滝川第二高校の栫(かこい)監督がこんな事を言っていました。
このチームのモットーは楽しむことだ。
楽しむために練習で野球をしたり、キックベースやサッカーバレーをすることもある。みんなで楽しむことでチームの結束が強まり、結果に繋がる。
この監督は野球やキックベースに自分も交じることもあるそうです。
なかなかこんな思い切ったことできるもんじゃない。
できるもんじゃないけど、できたら選手と監督の信頼関係もチームの結束力も強まると思うし、なにより楽しいと思う。
もちろん楽しいだけじゃだめだけど、きっと滝二は楽しいをベースに練習を組み立ててるから選手も主体性をもってサッカーに取り組めて、それが結果的に自分を伸ばし、チームを伸ばすことに繋がっているんだと思うんです。だからこそ強い。
てかスポーツって元々好きで始めるもんですし、その根本的なところを大事にしないと絶対いけませんよね。
こんな監督の下でサッカーできたら幸せだろうなー・・・。
指導者は愛される存在でなければいけない
この人のために勝ちたいとか、この人を全国に連れてってあげたいとか、そういう気持ちを選手に持たせてくれる指導者でなければいけないと思うんですよね。
選手との信頼っていうか絆っていうか。
チームの強さとか個人の上手さうんぬんの前に、終わったときにこの人の下でやれて良かったって思えるような存在でなければいけないと思うんです。サッカーにしろ、野球にしろ、吹奏楽にしろ。
僕らは信頼のしの字もなかったんで、引退した時もダメの下でやれて良かったなんて1ミリも思わなかったです。下のチームの指導者対してはもちろん思いましたが。
ブラック部活での一番の財産は仲間
優勝とかしてなんらかの肩書きが残せたらそれも財産になるんでしょうけど、僕の場合はそれがなかったんで、一緒に青春を生きた仲間が一番の財産ですね。
てかそれぐらいしかない。最後に普通の事いい過ぎた感あるけどまあよし。
おわりに
ブラック部活は本当にイクナイ。
選手も顧問も大変だろうしいいことない。
スポーツは本来楽しんでやるもんだ!!
うん。
ああ太陽よ!!
全てのブラック企業とブラック部活を照らしたまえ!!
サンシャイ〜〜〜ン!!
そんな感じでした!
それではまた!