左腕を骨折しているのにサッカーの試合に出されて悶絶した話
どうも、にものです!
突然ですが、あなたは骨折をしたことがありますか?
骨折をしたことがある方ならわかると思いますが、ちょっとの振動でもめちゃ痛くて、当たり前にできていたことができなくなるストレスがすごいですよね。
今日は、そんな骨折にまつわる話です。タイトルの出落ち感は否めませんが、どうか最後までお楽しみください。
ダサ過ぎる骨の折り方
という漫画のような音が響き渡ったのは、夜のトレーニングルームでした。
「おい!大丈夫か?!」
「すげぇ音したぞ!」
「骨やったりしてない!?」
一斉に声をかけてくる野球部の友人たち。
「あぁ・・・多分、だいじょうぶやわ」
ド派手な音を発した左腕を軽くさすりながら答えるぼく。
このときは不思議とあまり痛みを感じませんでしたが、次の日病院に行くと「左腕のひじから手首にかけて2本ある骨のうち、1本が綺麗に折れている」と、医師にレントゲンを指差されながら言われました。
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今から何年も前の話。
当時、高校生だったぼくが通っていた高校は部活動が盛んで、校内には体を鍛える器具が揃っているトレーニングルームがありました。
サッカー部に所属していたぼくは、いつも部活が終わるとそのトレーニングルームで筋トレをしていたんですが、左腕を骨折したあの日は先に野球部数人がトレーニングルームを使っていました。
トレーニングルームはあまり広くないので、先客がいるなら帰ろうかと思いましたが、よく見ると野球部はトレーニング器具を使わず、床にマットを敷いてなにかをしている様子。
疑問に思い、何をしているのかと尋ねると
「バク転の練習をしている」
という予想外の答えが返って来ました。
女性の方はピンと来ないかも知れませんが、男というのは人生で必ずしも1度は「バク転をしたい」「SASUKEに出たい」「車にひかれそうな子供を横っ飛びで助けたい」などと思う生き物です。
ぼくも中学生の頃、「少年チャンプル」というダンス番組に出てた「Taisuke」というヤバめなブレイクダンサーに憧れ、バク転をしようと試みましたが、後ろに飛ぶ恐怖心に打ち勝つことができず、逃げのハンドスプリングだけがメキメキと上達していきました。
そんな男ならではの衝動に、野球部の彼らは現在進行形で駆られているようです。
「バク転とかどうせできんって・・・」
そう思いながらのベンチプレスを始めたぼくは、次の瞬間、目を疑いました。
なんと、野球部が普通にバク転をしていたのです。
生まれつき運動神経に絶対的な自信があったぼくは、悲しいことに、高校生になってもなお自分がポテンシャルを秘めたバケモノだとガチで思い込んでいました。
そんなぼくの前で軽々とバク転を披露する野球部。
気づいたときには同じマットに上がり、鼻息を荒くしながらバク転をしていた野球部に問いかけていました。
「お前すげーやん、どうやってしてんの?」
「えっ?これで練習したら簡単にできるよ」
そう言って指差す先には、タオルを2枚結び合わせて長くしたものが。
「えっ?タオル?」
不思議そうな顔をすると、野球部は続けて
「これで横から補助してもらって感覚を掴むんや」
と言い、お手本を見せてくれました。どうやら腰にタオルを巻いて横からふたりに支えてもらい、ゆっくり後ろに飛べばOKらしいです。
試しに野球部2人に横から支えてもらい、言われた通りにやって見ると・・・
補助の効果は大きいものの、めちゃくちゃ簡単にバク転ができ、感覚もいい感じに掴むことができました!
横から支えられていることで恐怖心がなくなり、ありえないほど楽勝に回れます。
「えーっ!?なにこれ!!すげぇー!!」
「そやろ?」
「こんな方法あったんや!!知らんかったわ!!」
補助ありと言えど、憧れのバク転ができた感動を隠しきれなかったぼくは、それから何度も練習してコツを掴み、ついには補助なしでバク転ができるようにまでなりました。
やった!!憧れ続けたバク転をマスターした!!俺はやっぱりポテンシャルを秘めたバケモンや!!
このとき、心はかなり高ぶっていました。
そして、すぐさま「誰かに見せたい!!」という感情が生まれ、偶然サッカー部の部室に残っていたあんまり喋ったことのない後輩をひとり呼んで来ました。
「ちょさぁ!!今からバク転するから見といてな!!」
「え・・・あぁ、はい」
(しゃ〜!!やったるで〜〜〜!!)
クルッ彡
ア"ッ"ッ"!!!!!
「・・・・・」
バク転の練習で骨折したなんて言えない問題
画像出典:ギプス - Wikipedia
骨折した原因は、左斜めに後ろに飛んでしまったことによって、左腕1本に全体重が乗ってしまったことだと医師から説明されました。
どうやら、バク転初心者にありがちな危険なミスらしいです。
骨を折った次の日、サッカー部の顧問兼監督には「筋トレのやり過ぎで骨折した」と嘘をつき、当時付き合っていた彼女には「筋トレで自分を追い込みすぎた」とカッコつけた嘘をつきました。
「バク転の練習で骨折した」はさすがに死ぬほどダサいので言えませんでした。
特にサッカー部の監督は全校生徒から恐れられるほど怖い&厳しく、何かしでかすと髪型をスキンヘッドに限りなく近い状態(五厘刈り)にして、反省した姿を見せないと部活に参加させてもらえなかったので、髪の毛を守るためにはそれっぽい嘘を付くしかありませんでした。
といっても、筋トレのやり過ぎで骨折はさすがにわけがわからなかったらしく、
「筋トレでどうやって折れたんだよ?」
と、一度はオラついて来たものの、ぼくが
「あっ、えっと…地面に変な体勢で手をついたとき折れました…」
と、キョドりながら答えると、監督は何かを察したようにあっさり会話を終わらせました。自分がめんどくさいことに巻き込まれる可能性に気付いたんでしょう。
ちなみに、彼女には野球部を通じてバク転で骨折ということがすぐにばれ、かなりバカにされました。
もっとちゃんとした理由で骨折したかった・・・。
腕が折れててもボールは蹴れるだろ
骨折してからは左腕にがっつりギブスをハメ、部活では雑用メインのサポート役に徹しました。
右手一本でボトルに水を入れ、右手一本でビブスを洗濯し、干す。
これまで夜な夜な右手のトレーニングにいそしんできたぼくでしたが、この期間で更に右手の精度が上がったと思います。
そして、シャンクスがなぜ未だ四皇でいられるのかがちょっとだけわかりはじめた頃、左腕のギブスが外されました。
左腕まだ治っていなかったんですが、骨がなんとかくっつき始めている状態なので、安静にしていれば問題ないとのこと。
久しぶりに左腕をぐっと伸ばしてみると、完全には伸びきらず、頑張っても若干くの字になってしまうような状態でした。(今はちゃんと伸びきる)
少々いびつではありましたが、久しぶりに左腕が使えて、この日はとてもハッピーな気分だったのを覚えています。
ギブスを外してちょっと経ったある日、サッカー部が関東遠征に行くことを知らされました。
ぼくはまだちゃんとプレーできる状態ではなく、接触なしのパス交換ができるぐらいでしたが、サポート役としてその遠征について行くことになりました。
遠征先では、市船や桐光学園(俊輔の母校)といった強豪校と試合をしたのですが、相手が強いのと練習&試合の過密スケジュールが組み合わさり、日を追うごとに選手にあきらかな疲労が見えはじめました。
うちの部は練習試合でも公式戦でも負けるとめちゃくちゃ走らされていたので、桐光学園に0-5ぐらいでボコられたときは、相当な疲労が蓄積されたように見えました。(桐光学園強すぎて笑えなかった)
そんなこんなでむかえた遠征最終日の最後の試合、相手は「東なんちゃら三なんちゃら」という名前からして強そうな高校でした。(東と三が入っていたのだけ覚えてる)
「これが終わったら帰れるのか〜なんだかんだ早かったな〜」
なんて、のんきなことを思いながらベンチで試合をぼーっと見ていると、右サイドハーフの味方の選手が、接触プレーによって地面に倒れこむのがわかりました。
倒れながら両手でバツを作り、これ以上プレーできねぇっすの合図を監督に送る選手。
それを見て、交代要員を探すためにベンチを舐め回すように見る監督。
右サイドハーフでプレーできるベンチの選手は何人かいましたが、みんな疲れきっており、ケガの心配も考えられる状況でした。
「みんなおつかれやし大変やな〜」
と、人ごとのように思っていると、いつのまにか監督がこっちを凝視しているのに気がつきました。
(なにを見てるんやろか・・・?)
「お前、いけるよな?」
「えっ?」
「いけるよな?」
「あっ、倒れた選手の手当てですか?」
「交代だよ」
「えっ…?ぼくが試合に出るんですか?!いや…まだちょっと左腕が治ってないんですけど…」
「腕が折れててもボールは蹴れるだろ」
「・・・・・」
地獄のクリアボール
「レフェリー!!」
主審を呼び、負傷した選手の代わりにピッチに入ってきた男・・・
左手が折れているぼくである。
負傷者に代わって負傷者が入ってくる大珍事。
なぜ監督がこの場面でぼくを起用したか、左腕の骨折が完治していないのに接触プレーをしていいのか、ピッチに立った以上もうそんなことを考えても仕方ありません。
うちの監督は恐怖で選手を支配していたので、監督の言うことは絶対でした。逆らうと大声で怒鳴られたり、練習に参加させてもらえなかったり、ひたすら走らされたりしました。
当時は言葉の存在を知りませんでしたが、今なら超ド級のブラック部活だったと胸を張って言えます。
マジで酷過ぎてみんなでボイコットを起こしたこともあります。
あまりにも強引に試合に出されたぼくは、折れた左腕をかばいながらも走り、蹴り、飛び跳ねました。(左腕だけは絶対地面につかないように)
アドレナリンというのはすごいもので、試合に集中すると、どういうことか痛みはほとんど感じなくなりました。スポーツをしていた方ならきっとわかるあれです。
ろくに練習をしていなかったのでスタミナには大きな問題があったものの、後半が半分過ぎたぐらいの時間帯から出場したので
「このまま試合終了までプレーできるな」
そう思いました。
と、そのとき!!
逆サイドにいた味方の選手から、ぼくのいるサイドの空いたスペースへ、絶妙過ぎるロングボールが飛んできました!!
(チャンスや!!)
そう瞬時に感じ取り、すぐさまボールに反応して走り出すぼく。
そのまま全力疾走でボールの落下点に入り、しなやかなファーストタッチでボールを足元に収めます。
「仕掛けろ!!!」
「自分で行け〜!!」
完璧なトラップを見て、いけると確信した味方の選手の声が聞こえます。
かなり前で張っていたので、まさに決定的とも言えるシーンでした。
(よっしゃ〜!!決めたるで〜!!)
・・・と、意気込んだまでは良かったんですが、ドリブルのタッチが若干大きくなってしまい、ボールは飛び出してきた相手キーパーの元へポロリ。
「あぁぁっ・・・!」
やっちまったときの声を出しながらも、スピードを殺しきれずキーパーに近づくぼく。
すると!!
キーパーはぼくに詰め寄られて危ないと思ったのか、ボールをダイレクトで力強くクリア!!
ドンッッ!!!(ボールを蹴る音)
バチィィィィイン!!!!!(折れている左腕にジャストミートする音)
ア"ア"ア"ッ"ッ"!!!!!
アドレナリンでも誤魔化しきれない激しい痛みが左腕を襲い、ぼくは地面に倒れこみました。
それを見て心配した審判がすぐにプレーを止め、ささっと駆け寄って来てぼくに問いかけます、
「君、だいじょうぶ?どこにボール当たったの?」
「ここです…腕です…(半泣き)」
「腕?着地のときにひねったの?」
「いえ…折れてるんです…」
「えっ?」
「左腕骨折してて…そこにボールが…」
「えっ、腕折れてるの?」
「折れてます…」
「………(お前なんで試合出てるんや)」
みたいなやりとりがあった後、なんとか立ち上がったぼくは、一旦ピッチを離れ、ベンチに向かいました。
マジ泣きしそうになるほど左腕が痛かったので、監督も少しは心配してくれたり、ぼくを起用したことを謝ってくるんじゃないかなと思いました。
「水で冷やしとけ」
ベンチに帰って第一声目で監督からその言葉を投げかけられたとき、改めてコイツは只者じゃないなと思いました。
打撲や打ち身、ねんざ、骨折は応急処置として冷やしたほうがいいとされていますが、もはやそのレベルじゃないんじゃねーか??…と、戸惑いながらも言われるがままに左腕を水で軽く冷やしたぼくは、またすぐさまピッチに送り出されました。
結局、試合は2対2の引き分けに終わりました。
おわりに
ぼくの高校のサッカー部は色々とクレイジーだった(主に指導者が)ので、こういった理不尽なことがわりとたくさんありました。
今はこの監督も時代の流れと共に丸くなったらしいですが、ぼくらの代の選手はほとんど全員がこの監督を恨んでいます。
今回の記事の内容とはちょっとズレますが、上を求めるあまりに根本的なスポーツの楽しさを教えることを忘れてしまっている指導者は本当にクソですよね。
ブラック部活がこの世からなくなることを、心の底から祈っています。
思った以上に長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
それではまた!
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